47. 三つの難題
■三つの難題
為朝は、佳奇呂麻に白縫（の乗り移った寧王女）を残し、単身、中山省の南にある利勇の領地に向かいました。普通は何日もかかる海路なのですが、為朝はグングンと舟をこいであやつり、ほとんど一昼夜でおおむねの距離を進み終わってしまいました。
為朝「さて、どこに上陸するかだが… 南から入るのが普通は近いんだが、今は関所が厳しくなってると聞くからな」
為朝はこう考え、山北省の本部の浦に舟をつけ、そこから人目を避けるために道なき道を数日かけて進み、やがて金武山を越えました。目の前には大きな河が行く手をさえぎっています。
為朝「うむ、これがきっと富蔵河だ」
この河のほとりで、数人の子供たちが歌をうたって遊んでいます。「神人きたれり 水は清し…」という、最近流行の歌です。
為朝「なあお前たち、ここから南風原にはどう行くのがよい」
子供たち「えー、今は行けねえぞ」
為朝「どうして？」
子供たち「普通は南まで舟で行って、首里を過ぎて行くもんだけど、今は関所がすごく増えて、ちっとも通してもらえないんだ。代わりに、北からのルートとして、東の長浜経由って道もあるけど… それは、この河を渡って向こうに行かなきゃならない。普段は橋があるんだけどさあ、通れないように壊されちゃったんだ」
為朝「なるほどな、じゃあこの河を超えて行けばいいということか」
子供たち「オジサン、聞いてた？ 橋が壊されちゃってるんだってば…」
為朝は、かるく屈伸運動をすると、「お前ら、ありがとな」と言い残して、河の方向にダッシュしました。そうしてヒラリとジャンプすると、いとも簡単に向こう岸に着地しました。子供たちが口をアングリあけてあきれる中、為朝はさっさと先に進んでいきました。
やがて、為朝は利勇の勢力圏に入ることができました。そこにはいたるところに立て札が立っており、「兵士募集」と書いてあります。この文面を書いたのは、陶松壽のようです。
「賊臣・朦雲を討ち、正統の王子にふたたび王位を取り戻させねばならない。この国家存亡の危機を救うため、われこそと思うものは、南風原の城に集結せよ。功あるものは賞される。東風原領主 陶松壽」
為朝「うんうん、やってるねー」
陶松壽自身は、2、30人の従者を率いて、南風原の城のまわりを毎日巡検していました。ある日、彼は、松の木の下で休憩しているひとりの男を発見しました。もちろん、これが為朝です。彼は松壽の姿を認めると、ヌッと立ち上がって礼をしました。
陶松壽「そこのお主は何者だ」
為朝「あなたが陶松壽どのか」
陶松壽「いかにもそうだが」
為朝「私は日本の武士、鎮西八郎為朝ともうす者。いろいろあって日本からここに漂流してきた。腕にはちょっと覚えがある。この国が危機に陥っていると聞いたので、ひとつお手伝いしようかと思い、参った」
陶松壽は、この短い時間で、為朝がとてつもない武勇の持ち主であることを見ぬきました。武士の直感です。「…すごい。あなたはすごい人だ。今すぐ、大臣の利勇に会ってもらいたい。かならず重く用いられるでありましょう」
為朝はすぐに南風原の城門に案内されました。松壽は彼をそこに待たせ、自分はまず、城内の利勇に「勇士発見」のニュースを急いで報告します。
陶松壽「とんでもない人材が現れました。すぐにも採用しましょう。日本出身で、三国志の関羽のような豪傑です。まあ、ヒゲは伸ばしていませんが」
利勇は、日本出身というところが気に入りません。
利勇「おいおい、またヨソモノか。そういうのは朦雲でもう懲り懲りだ。豪傑だかなんだか知らんが、ようは、日本を追い出されたハンパもんなんだろ？ 追い返せ、そんなの」
陶松壽はイラつきます。「彼を味方にしなければ、きっと、逆に朦雲が彼を雇いますよ。そうなったら向こうの戦力は手がつけられないものになります。どう判断するにせよ、まずは会ってみるべきです！」
利勇「フーン、そこまで言うなら、まあ会ってやらんでもないけどな…」
ここまで話が決まったので、松壽は改めて城門まで行き、為朝を招き入れました。為朝は、自分の器量をすばやく見抜いて敬意を表してくれる陶松壽に好感をもちました。
しかし、利勇は…
為朝を自室に迎え入れた利勇は、クッションにもたれかかり、二人の美女を左右に侍らせて、扇をヒラヒラさせて「んー、まあ入れ」と言ったのみです。ともに戦ってくれようという勇士に対し、リスペクトのかけらもありません。
為朝は、しばらく黙っていました。利勇は、為朝が媚びのひとつも言わないので、いよいよ気に入らないと考えました。
利勇「んー、お前、得意なことは何だ。なんか作戦でもあるんなら、言ってみろ。よさそうなものは、採用してやらんでもない」
為朝「（苦笑）作戦というほどのものは、まだありませんな。地形や敵の強弱について、まだデータを持たんのですから。私が得意なこととおっしゃいましたか。それがし、16歳の時に九州を征服し、19歳のときには伊豆の七島を征服いたした。反乱を鎮め、民を撫で、国を治めることが得意でござる。他には特にござらん」
利勇は、為朝が出まかせを言っていると思い、手をパンパン叩いて笑いました。「面白い冗談じゃねえか。笑わせる。そんなバケモノみたいな男が、なんで母国を追い出されてこんなところまで漂流してくるんだよ」
為朝「冗談ではござらんが」
利勇「よしよし、それほど大したやつなら、ひとつテストをしてやろう。まずは、うちの領地である小祿と豊城の間の道をふさいでみろ。あそこは敵が入ってくると難しい場所なんだよ。人の手を借りず、お前一人でやるんだぞ」
為朝「なるほど」
利勇「次に、辨嶽にいって、大鷲を射殺してこい。あいつが最近、作物を荒らしたり、人を襲ったりして問題なのだ」
為朝「なるほど」
利勇「さいごに、川良川を最近ウロついているという、朦雲の兵を討ってこい。水の補給に出没しているらしいんだ。これらを、そうだな… 三日でやってこい」
為朝は、課題が簡単なことに喜びました。「なんだ、そんなことでよろしいか。さっそくやってこよう」
陶松壽は、さっきからこの問答を傍で聞きながら、利勇があまりに無礼なことにハラハラして仕方がありません。「利勇さま！ こんな勇士を試そうとするなんて… 他の兵にも悪影響ですよ」
利勇「悪影響なものか。もうこいつは約束したんだからな、やらずには済まん。言ったことを撤回するのを許したら、それこそ士気に悪影響ってもんだ」
為朝は陶松壽と利勇の言い合いにかかわらず、さっそく立ち上がり、小祿への案内を頼みました。
小祿は海に向かって開けた土地で、後ろは二つの山と、そこの間の細い通り道で隣の領地につながっていました。
為朝「なるほど、あそこを塞ぐのか。たしかに防御に最適になるね」
利勇も為朝（の失敗するザマ）を見物してやろうと、従者を引き連れてイスに腰かけています。為朝は波打ち際にトコトコと歩いていき、見上げるほどの大きさの大岩を、平然と担ぎ上げて山間まで運び、それをズシンと据えました。数回これを繰り返すだけで、たちまち道はふさがってしまいました。
見る者全員、開いた口がふさがりません。
陶松壽「…人間業じゃない。あの方は、オレが考えたよりすさまじい豪傑だ」
利勇は、基本的に人間が曲がっており、自分より優れた人間が嫌いです。この怪力ぶりを目にして、さっきよりももっと為朝が嫌いになってしまいました。
利勇「よし、いいだろう。次はさっさと辨嶽に行くんだ」
陶松壽「利勇さま、この上まだ、あの男を試そうとするんですか！ もう充分でしょう、すぐに彼に地位を与え、めいっぱいもてなすべきです」
利勇「約束は約束だもんね。怪力なのは認めるが、それだけでテストに合格だと思うなよ」
陶松壽はやむなく為朝のほうを振り返り、「それでは辨嶽への道を案内いたす…」と申し訳なさそうにいいかけました。
為朝「いや、道案内は不要でござる。あそこにそびえ立っている峰が、辨嶽なのだろう？ あそこを目指して昇るまでだ」
陶松壽「まあ、そうですが。猛獣や毒蛇がたくさんいますぞ。くれぐれも気をつけていかれよ」
為朝「うん、そうしよう。山に行く道中、川良に行って敵兵をやっつけていこう。これでテストは全部ですからな」
為朝はこう言い残して、意気揚々と出ていきました。
しかし、その日は夜が更けるまで川良のあたりをウロついてみたのですが、敵兵どころか、誰にも会うことはできませんでした。実は利勇は、クリアできっこない、全く出まかせな課題を為朝に与えていたのです。ここらに朦雲の兵が出没しているという事実はないのでした。
為朝「ふーむ、敵兵のことは、あとまわしだな…」
為朝はそのまま辨嶽に登り、大鷲とやらを探しました。これもちっとも見つけることができません。あっという間に、三日目の夜になってしまいました。
為朝「困ったな。この課題をこなさんと、南風原にどのツラさげて戻れよう…」