椿説弓張月、読んだことある?

39. 忠臣の最期

前:38. 朦雲、鏡にマボロシを映す

■忠臣の最期

陶松壽(とうしょうじゅ)査國吉(さこくきつ)が王宮から中城(なかくすく)へ遣いに向かっていたとき、毛国鼎(もうこくてい)も逆に王宮に向かうところでした。

毛国鼎(もうこくてい)は、王が寧王女(ねいわんにょ)に王位を譲るつもりらしいという知らせを受け取って、それで喜び、王にアイサツするために城を出たのです。(ちょっと早とちりなニュースですが、王は前回のはじめのほうではそのつもりだったんだから、まあ仕方ないところもあります)

道中で松壽(しょうじゅ)たちと毛国鼎(もうこくてい)は出会ったのですが、ちょっと互いに正直な会話がしにくい状態です。松壽(しょうじゅ)たちの会話を聞いている従者がいますからね。

毛国鼎「おお、お主ら。用件は知っているぞ。私を迎えに来てくれたのだな。いっしょに王宮まで行こう」

陶松壽(とうしょうじゅ)「(国鼎(こくてい)さまはずいぶん機嫌がよさそうだ。たぶん、いいニュースだけを受け取っているな。どうしよう)」

松壽(しょうじゅ)は機転を利かせました。「我々どもは、王女(わんにょ)廉夫人(れんふじん)にお伝えすることもありますので、引き続き中城(なかくすく)に向かいます。ご免」

そうしてしばらく毛国鼎との距離を取り、そこではじめて従者達に「国鼎(こくてい)様に伝え忘れたことがある。ちょっと待っておれ」と言い残して、査國吉(さこくきつ)との二騎だけで毛国鼎(もうこくてい)に追いつきました。ちょっとシーンが複雑な感じですが、簡単に言えば「誰も聞いていないところで3人きりで密談できる状態になった」ということ。


さて、陶松壽(とうしょうじゅ)はやっと毛国鼎(もうこくてい)に現在の状況を正しく伝えることができました。

松壽「今回のことはすべて、利勇(りゆう)中婦君(ちゅうふきみ)朦雲(もううん)たちの陰謀なのです。今行けば、みすみす命を失うだけです。我々といっしょに中城(なかくすく)に立てこもり、なんとか戦力を整えて、利勇(りゆう)たちと戦いましょう。今なら敵の出鼻をくじけます。そして寧王女(ねいわんにょ)を即位させ、乱れた国を立て直すのです」

毛国鼎(もうこくてい)は沈痛な様子でこの話を聞きました。

国鼎「そうだったのか。危機を伝えにきてくれたお前らの忠義、誇りに思うぞ。しかし… 私はそれでも王宮に行く」

陶松壽・査國吉「なぜです! 今行けば犬死にですよ」

国鼎「どんな理由であれ、家臣が主君に牙を剥くことは不忠、許されぬ罪だ。また、王女(わんにょ)にとっては、父を相手に戦うという不孝の罪。もしも勝ったところで、世を治める資格はない。だから、他の選択はない。私にとって死ぬべき日が来た、それだけのことだ」

陶松壽・査國吉「…」

国鼎「お前たちに頼む。王女(わんにょ)廉夫人(れんふじん)だけは、なんとかしてどこかに逃がしてやってくれ。そして余裕があれば、妻の新垣(にいがき)も逃がしてくれ。私の子… (つる)(かめ)は、それぞれ14歳と12歳、武士の心得はできている年齢だ。あいつらには、王女(わんにょ)のために命を捨てて戦え、と伝えてくれ」

ここまで語ったときに、松壽(しょうじゅ)たちの従者が近づいてきました。毛国鼎(もうこくてい)はこれ以上何も言わず、ふたたび馬を駆って、単身、王宮に向かっていきました。松壽たちはもう彼を止めることができませんでした。

國吉(こくきつ)「…あの方はやはり素晴らしい男だ。よし、我々は、命を捨てても、王女(わんにょ)たちや新垣(にいがき)様を守るぞ!」
松壽(しょうじゅ)「いや、オレは命は捨てん」
國吉(こくきつ)「て、てめえ!(胸ぐらをつかみかける)」
松壽(しょうじゅ)「落ち着け。オレは、やたらに命を捨てずに、知恵を絞ってみなを助けよう、という意味で言っただけだ。お前もそうしてくれ。知恵で戦おう。いいな」
國吉(こくきつ)「なるほど。そうだな、わかった」

こう言いあって、二人は改めてそれぞれの目的地に別れて去りました。陶松壽(とうしょうじゅ)寧王女(ねいわんにょ)の屋敷へ、そして査國吉(さこくきつ)毛国鼎(もうこくてい)の屋敷へ。


毛国鼎は、すでに死ぬ覚悟を決めています。忠義をつらぬいてここで死ぬならそれもよし、あとは霊魂となって(よこしま)な者どもを滅ぼしてやるまでよ、という決意です。

こう心を決めて正殿への門をくぐりました。果たして、待ち受けていた兵たちが幕の後ろから飛び出て、槍を左右から突き出しました。毛国鼎(もうこくてい)は、自分の脇腹を貫いた槍を両手に握り留めて、辞世の句を声高に詠みます。

 つぼてある 花の露のみ まやたごと けなばや たてろ そもなほれかな

琉球語ですので難しいですが、人の命は花の露のようにはかない、という無常観の歌らしいです。この句を終える間もなく、さらに後ろから迫ってきた兵に、毛国鼎はクビを切り落とされました。知勇を駆使して数えられぬほどの功績を挙げてきた人物の、哀れむべき最期でした。

利勇(りゆう)はこの首級を拾い上げると銀の盆にのせ、「逆臣、誅伐したり。皆のもの、祝え!」と叫びました。居並んだ家臣達は、恐怖におののきながら、小声で「バンザイ」「バンザイ」とかろうじて口にしました。

利勇「じきに、廉夫人(れんふじん)寧王女(ねいわんにょ)、そして国鼎(こくてい)の家族も捕らえられてここに届けられる。これで反乱の根は根絶された。そうだな、お前たち」

家臣たち「利勇さまのおっしゃるとおりです…」

尚寧王(しょうねいおう)も満足げです。「これでいよいよ、中婦君(ちゅうふきみ)が生む子を王に据えるのみとなったな。朦雲(もううん)国師(こくし)よ、いつごろ生まれるかな。国師ならご存じだろう」

朦雲(もううん)「うむ。遅くとも来月中には生まれるな。間違いなく男の子ですぞ。安産祈願もしているから、安心なされよ。それはまあよいとして、王よ、最後の仕上げを怠ってはいかんぞ」

王「仕上げ?」

朦雲(もううん)「今、若いものどもが王女(わんにょ)廉夫人(れんふじん)を捕らえに行っておるな。あれらを万一にも逃してしまえば、必ず後の禍根(かこん)になる。もっと兵を送って、万全にしなさい」

王はもっともだと考えたので、利勇に命じて加勢を送らせました。利勇自身が今回の掃討軍を指揮することになりましたので、彼は騎馬の姿になると、一軍を率いて門から飛び出していきました。


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