里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

78. 越後のビッグママ

前:77. 小文吾と荘助の再会

■越後のビッグママ

小文吾・荘助「これは何事だ。卑怯だぞ由充(よりみつ)!」

小文吾と荘助は、盗賊たちを壊滅させたことでここ片貝(かたかい)の屋敷に招かれたのですが、まさか逮捕されて縛られるとは思っていませんでした。

激怒する二人の犬士を前に、老中の稲戸(いなのと)津衛(つもり)由充(よりみつ)は深いため息をつきました。

由充(よりみつ)「すまんお二方。これは私の本意ではないのだ。他ならぬ(えびら)大刀自(ビッグママ)の命令で仕方なく行った。せめて事情を説明させてくれ」

箙の大刀自(ホントはと読むのが正しいです)は、越後領主の長尾(ながお)景春(かげはる)の母親です。かなりモウレツなお婆さんで有名でした。ここらの領地も治めています。

由充(よりみつ)「ビッグママの妹君は、武蔵の大塚の領主(大石殿)に嫁いでいるんだよ。覚えあるよね」

荘助「ああ、大塚なら、私が村長の下働きをしていたところですよ」

由充(よりみつ)「そこで領主の手下がたくさん殺されて、陣番の丁田(よぼろた)町進(まちのしん)まで殺されてしまった。死刑になるはずだった犬川荘助(当時は額蔵(がくぞう))、あなたが仲間に奪還された事件のせいだった。犬川どの自身も、陣代を殺している」

由充(よりみつ)「あと、ビッグママのもうひとりの妹君は、石浜の千葉介(ちばのすけ)自胤(よりたね)殿の奥さんだ」

小文吾「あー、俺が馬加(まくわり)に軟禁されてたときの、あそこの領主だ」

由充(よりみつ)「で、家臣の馬加(まくわり)大記(だいき)とその他の家臣たちが大勢殺された。犬田小文吾と一緒に城を脱走した、旦開野(あさけの)という人物のせいだった。あと、犬田どのは額蔵奪還事件にも参加していた」

小文吾・荘助「あの事件は私たちが悪いんじゃないですよ!」

由充(よりみつ)「うん、わかる。私もそう思う。お主たちは、色々な不正に対して勇敢に戦った、それだけだ。私はお主たちをすごくリスペクトしているのだ」

小文吾・荘助「そ、そうですか。それはどうも…」

由充(よりみつ)「ビッグママは、今回の盗賊事件で活躍した人物としてお主たちの名前を聞いたとき、自分の親戚筋にひどい恥をかかせた人物だと思い当たり、捕まえてしまえと言われた。さっきも言ったとおり、大石殿も千葉殿も、自分の妹たちの嫁ぎ先だからな」

由充(よりみつ)「私はそれを必死で(いさ)めたのだよ。犬川どのは、不法に殺された主人の敵を討っただけ。また、それを恨んだ(やから)が犬川どのを死刑に陥れようとしたので、やむなくそれと戦っただけ。石浜の事件は、もともとは馬加(まくわり)が野心を持った佞臣(ねいしん)だったのっで、犬田どのは自分の身を守るために逃げただけ。憎むべき悪人たちであるどころか、あの二人は一騎当千の勇士であるに違いない、と。なあお二人、あれらの事件の真相、私の推測で当たってるでしょ」

小文吾・荘助「すごいですね。大体合ってます… 勇士が云々は言い過ぎですけど」

由充(よりみつ)「私はこんな感じで、ビッグママ相手にかなり粘った。すごくがんばったのだが… しまいにはママはめちゃくちゃ激怒して、

大刀自『そんなことは言わなくても分かっている! 私を女だと思ってバカにするな。事情があろうが何だろうが、親戚たちの国で罪を働いたことは確かなんだ。これを知って見逃せば、息子・景春(かげはる)が世間にナメられるんだよ!』

由充(よりみつ)「で、これ以上私が何か言ったら、私でも斬り殺しかねないという剣幕だった。あそこまで言われては、家臣としては、もはや仕方なかったのだ。すまん。お二人をだまして捕らえるのも、ママの指示だ。まともに戦えばこちらの被害も相当だろうからな」

小文吾・荘助「ふーん、そうだったんですか…」

由充(よりみつ)「ビッグママが決めてしまったことですから、今さら長尾殿にもひっくり返せない。まことに、お二人にとっては、今回のことは不運と言うほかなかった。ホント申し訳ない」

荘助はすこし考えると、小文吾に向かって、

荘助「この人、すごいな」
小文吾「うん、すごい」
荘助「頭がよくて、行いの正しい人だ」
小文吾「しかも俺たちのことも非常によく理解してくれている」
荘助「うん。この人に迷惑はかけたくないな」
小文吾「このままだと多分死ぬんだけど」
荘助「これはこれで仕方がないかな。ここまで諫めてくれてダメだったんだ」
小文吾「武士は己を知るもののために死ぬべし、ってか」
荘助「この人のためなら、まあそれもいいかな」

ふたりは由充(よりみつ)のほうに向きなおって、

荘助・小文吾「わかりました。あなたはすばらしい人物です。その人のために、我々は死にましょう。不運だと思いますし、いろいろやり残したこともあって残念ですが、運命に逆らう気はありません」

由充(よりみつ)は、この堂々とした二人の返答に感動しました。

由充(よりみつ)「ああ、こんな立派な男たちが死ぬとは、本当に惜しい! …しかし、これが私の仕事なのだ。すまん。さっき色々と余計なことを喋ったが、そのことは誰にも言わないでくれよ」

由充(よりみつ)は手下に二人を牢屋に入れるよう命じました。しかし、同時に、絶対に拷問を加えるな、食事も抜くなという指示も出しました。


次の朝、稲戸(いなのと)津衛(つもり)由充(よりみつ)はビッグママに犬士たちを捕らえたことを報告しました。

ママ「おう、でかしました。さっそく首をはねなさい」
由充(よりみつ)「…えっ、二人をそれぞれ大塚と石浜に護送するのだと思ってましたが」
ママ「二人とも相当のクセ者だよ。どんな作戦で逃げてしまわないとも限らない。いっそ首をとってしまってから、改めて大塚と石浜に持っていけば安心だよ」
由充(よりみつ)「はい、わかりました。実によいお考えです」
ママ「フフン」
由充(よりみつ)「しかし、我々の領地では、仏教の説に従って、五月と九月は死刑を行わない決まりだったかと存じます。今は五月になったばかりですな」
ママ「おや、そうだったね。じゃあ、六月まで待とうか。一カ月の間、牢屋の見張りをよくよく用心するんだよ」
由充(よりみつ)「ははっ」

二人の犬士は、由充(よりみつ)の手配により、他の囚人とも離され、牢屋の中とはいえかなり快適に過ごすことができました。しかし、なぜか牢屋に入ったときから声が()れてしまい、薬も効かず、由充(よりみつ)を心配させました。

このころ、たまたま、大塚と石浜からそれぞれ使者がビッグママに贈り物をもって訪ねてきました。大塚から来たのは、丁田(よぼろた)町進(まちのしん)の弟である丁田(よぼろた)畔五郎(くろごろう)です。また、石浜から来たのは、馬加(まくわり)大記(だいき)の妻であった戸牧(とまき)の甥、馬加(まくわり)蝿六郎(はえろくろう)でした。

ビッグママ「おや、ちょうどよい」

ビッグママは、この二人に、犬川荘助と犬田小文吾の死刑が近く執行されるので、それまで滞在して、首をそれぞれの国に持って帰るよう伝えました。丁田(よぼろた)馬加(まくわり)はそれぞれの犬士に身内を殺された恨みがありますから、非常に喜びました。

五月の終わったある日、由充(よりみつ)は犬士たちの首級を持ってビッグママに報告に来ました。

由充(よりみつ)「ごらんのとおり、二人をさっき死刑にしました」

ママ「よしよしご苦労だったね。さっそく実検したいが… そういえば私はその二人の顔を見たことがなかったよ。これはミスりましたね、一度くらい会っておけばよかった」

由充(よりみつ)丁田(よぼろた)どのと馬加(まくわり)どのならご存じでは?」

ママ「なるほど。ナイス!」

さっそく丁田(よぼろた)馬加(まくわり)が呼び出されました。

丁田(よぼろた)「私は犬川荘助(当時は額蔵)が拷問されているときに顔をチラッと見ました。確かにこんな顔だったと思いますな」

馬加(まくわり)「私は、旦開野(あさけの)の舞を見た晩に、客だった犬田小文吾の顔をチラッと見ました。まあ、こんな顔でしたよ」

ママ「確かだね?」

丁田(よぼろた)馬加(まくわり)「まあ、まず間違いはないでしょう。しかし… さらに何か、こいつらが持っていた物なんかも見せてもらえれば万全かと」

由充(よりみつ)「そういうと思ったので、それも用意しておりますぞ。二人の持っていた刀です」

由充(よりみつ)は、犬士たちが持っていた刀をそれぞれ並べました。

丁田(よぼろた)「あっ、これは、簸上(ひかみ)社平(しゃへい)の刀だ! 彼は庚申(こうしん)塚の刑場で賊に殺されたのですが、これを犬田めが奪って腰に帯びていたのだな」

馬加(まくわり)「こっちは、名刀、落葉(おちば)小篠(おささ)だ! 千葉殿の秘蔵だったものですよ。なるほど、こいつらが盗んで、今は犬川めが使っていたということか」

これで、この首級の素性はすっかり明らかになりました。

ママ「これでどうやら間違いないね。その刀は、それぞれの領主に返しますから、クビと一緒に持って帰りなさい」

丁田(よぼろた)馬加(まくわり)「ありがたき幸せ!」

こうして、二人の使者は、犬士たちの首級と刀を持って、それぞれの国に帰ることになりました。暑いころなので、首級が腐ってしまわないよう、強い酒の入った(かめ)に浸して持っていくことになりました。

由充(よりみつ)「くれぐれも用心してお帰りなされよ。仲間がいて、首や刀を奪い返しに来るかもしれん」

丁田(よぼろた)馬加(まくわり)「なに、道中しばらくは我々二人連れだ。ちょっとやそっとの敵には負けやしない。強いよ、オレたち?」

由充(よりみつ)「(こういう口を叩く奴らが強かった(ため)しはないんだけど…)」


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