里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

68. ふたりの浜路

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■ふたりの浜路(はまじ)

犬塚(いぬつか)信乃(しの)は、甲斐(かい)の山道で鉄砲に撃たれ、倒れてしまいました。そこに、手下をつれた武士がやってきて、信乃(しの)の姿を見て「しまった」と言いました。

武士「鹿だと思ったんだ。まさか人を撃ってしまうとは…」
手下「どうしましょう。人に見られないうちに逃げましょうか」
武士「そうしよう、媼内(おばない)。しかし、どうせこいつは死んだんだ。金目のものを持っていたら、もらっちまおう。毒を食らわば皿までだ」
手下「エヘヘ、それなら、私にも分け前をくださいよ…」

実は、信乃は生きていました。銃弾は体をかすって、服を貫通しただけです。倒れたフリをして、自分を撃ったやつが敵なのかどうかを見ていたのでした。

手下(媼内(おばない)と呼ばれた男)はさっそく信乃の腰の刀に手をかけました。信乃はその手をむんずとつかみ、投げ飛ばしました。媼内(おばない)は切り株に体をぶつけて痛みにうめきました。

武士は驚き、手にしていた鉄砲で信乃を殴ろうとしましたが、信乃はこれをかわすと、足を払ってわき腹を蹴りました。武士はいよいよ怒って腰の刀を抜きましたが、信乃は落ちた鉄砲をひろって、これで武士の攻撃を防ぎます。そのうち媼内(おばない)も起き上がって武士に加勢しましたが、結局は信乃がふたりを鉄砲の銃身で打ちのめしました。信乃はまだ許さず、さらに鉄砲を振り上げます。

武士・手下「許してくれ!」
信乃「間違って撃っただけなら許したが、そのあとでモノを盗ろうとしたのが許せない。お前らは追い剥ぎと同じだ。叩き殺してやろう」

そこにひとりの老人が走って来ました。(はかま)をはいて腰に短刀を差しています。

老人「まった、まった! この者たちは私の知り合いだ。お怒りはごもっともだが、今回は曲げて許してやってくれ。私は猿石の村長をつとめる四六城(よろぎ)木工作(むくさく)と申す。ほらほら二人もちゃんと謝りなさい」

媼内(おばない)「出来心だったんです。すみませんでした」
武士「許してくれ。この媼内(おばない)がそもそも不心得を起こしたんだ」

信乃「…分かりました。命乞いをする恥知らずな武士を打つ理由はありません。では、これにて…」

木工作(むくさく)「ありがとうございます。寛大な方じゃ。念のためではあるが、私がこの鉄砲を預かっておき、まずこの二人に帰ってもらいます。よろしいですな泡雪(あわゆき)どの。ご遺恨(いこん)はなしですぞ。銃はあとで返します」

泡雪と呼ばれた武士は、この件を秘密にしてくれるよう木工作(むくさく)に頼むと、媼内(おばない)を連れて帰っていきました。下げていた獲物の兎は、礼として木工作(むくさく)に置いていきました。

信乃「ご立派な仲裁でした。ありがとうございます。それではさようなら」
木工作(むくさく)「待ってください、さきほどの武芸、あなたはタダモノではありませんな。武者修行ですか。ぜひ名を聞かせていただきたい。今夜の宿を差し上げたいのです」
信乃「武蔵の浪人、犬塚(いぬつか)信乃(しの)戍孝(もりたか)。人探しの旅をしているのです。異国で親切な人にあえてうれしいです。ぜひ、お言葉に甘えさせてもらいたい。ここの領主は武田家ですが、さきほどの武士はその家臣なのですか」

木工作(むくさく)「はい、国主の家臣で泡雪(あわゆき)奈四郎(なしろう)といいます。あいつは狩りが好きで、ここらへんをよくウロついている。村長として、あまり村に騒動を起こしたくないので、なにしろ丸くおさまってよかった。さあ家に案内します」

暗くなるころには、信乃と木工作(むくさく)は家に着きました。木工作(むくさく)は、妻の夏引(なびき)と使用人の出来介(できすけ)とともに、食事や湯浴みを提供して信乃をもてなしました。信乃は翌日になったらすぐ出発するつもりでしたが、夜が明けてみるとひどく雪が積もっています。初雪が降ったのでした。

信乃「ちょっと困ったな」
木工作(むくさく)「これでは仕方ありませんな。急ぎの旅でなければ、雪のシーズンが終わるまでここに留まられたらいい。私はかえって話し相手がいてうれしいですぞ」
信乃「そうおっしゃるのなら、そうさせてもらいます。ありがとうございます」


信乃はここにとどまって日を重ね、木工作(むくさく)といろいろと話をして過ごしました。そのうちにここの家庭の事情も分かってきました。

まずは木工作(むくさく)の妻の夏引(なびき)。彼女は後妻です。前妻の麻苗(あさなえ)は女の子を生みましたが、その後病気で亡くなりました。その娘は今16歳で、浜路(はまじ)といいます。浜路(はまじ)は家の中にいるのですが、信乃の前には全く出てきません。夏引(なびき)にとって浜路は継子(ままこ)にあたるので、あまり好きでないようです。夏引(なびき)が浜路を叱りとばす声が聞こえてくることがよくありました。

浜路(はまじ)という名前は信乃にとっては聞くのがつらい名前で、いちいち死んだ許嫁(いいなずけ)の浜路を思い出してしまいます。信乃はそんなそぶりを見せないように努力していますが。

ある日、信乃は気になっていることをそれとなく木工作(むくさく)に聞きました。

信乃「夏引さんは、浜路さんに厳しいですね」
木工作(むくさく)「うん、継子(ままこ)だから、あまり気が合わないのだろう。よく、浜路をはやく嫁にやってしまってくれと言われるよ。そう簡単に行先は見つからないよと言うと、それならは城仕えに出してしまってくれという始末だ。城仕えなんかしたら、婚期を却って逃がしてしまうよ。まったく、夏引(なびき)も、再婚してすぐは、こんな風ではなかったのに…」

これは木工作(むくさく)も知らないことなのですが、実は夏引(なびき)は泡雪奈四郎と浮気をしているのでした。浜路が邪魔なので(それどころか浜路が泡雪との浮気に感づいているフシもあるので)、はやくどこかに追い払ってしまいたいと思っているのです。

そんなところに信乃が転がり込んできたので、夏引(なびき)は面白くありません。泡雪と密会することもままならなくなったからです。夏引(なびき)は信乃には親切なのですが、イライラはもっぱら浜路に向けられていました。

木工作(むくさく)は浮気のことも浜路がいじめられていることも知りませんが、信乃は、どうやら自分がいるせいで浜路がつらい目にあっているらしいことが気配から分かってきました。ですのですぐにも家を出たかったのですが、木工作(むくさく)にもっと家にいてくれるよう頼み込まれて、なかなか無下に出ていくわけにもいきませんでした。

木工作(むくさく)は、実は浜路を信乃に嫁がせたいと思っていました。「あの男は立派だ。浜路の相手として申し分がない。できることなら、武田家に仕官してもらって、堂々とうちの娘をもらってくれれば言うことなしだ…」


信乃はなかなかこの家を出ていくこともできずに、木工作(むくさく)の家にあった太平記を夜中まで読んで、主に時間を過ごしていました。「太平記はいいなあ。そして悲しい話だ。忠臣がなかなか報われないところが悲しい」

ある夜、信乃がいつものように太平記を読んでいると、後ろに気配がしました。

信乃「誰です?」

女の声が「浜路(はまじ)です」と答えました。

信乃「えっ、あなたは木工作(むくさく)さんの娘さん。どうしてこんな夜中に」

浜路「わたしは主の娘の浜路(はまじ)ですが、今夜は違います。あなたの許嫁(いいなずけ)の浜路です。お忘れになったのですか」

信乃「ばかな。浜路は四年前に死んだのです」

浜路「そう。私はサモジローに殺されました。しかし、それからずっと私は、霊魂としてあなたのそばにいたのです。この娘と私は不思議と似ていましたから、乗り移って体を借りることができたのです。信乃さま。どうかこの娘を私と思って結婚なさってください」

信乃「…もしそれが本当だとしても、こんな夜中に男の部屋に現れて、ここの浜路(はまじ)さんに濡れ衣をきせるような真似をしてはいけない。お戻りなさい」

浜路「私がキライですか…(泣き出す)」

ここまで話をしたときに、ふすまがピシャリと開きました。夏引(なびき)です。

夏引「あなたたち、何をしているんです!」
信乃「待ってください、これには理由が」
夏引「聞く耳持ちません。人の娘を夜這いしておいて。みんな起きて!」

まずは出来介が飛び込んできました。「お嬢様をキズものにしやがったな、許さねえ!」

しかし彼は、追いついた木工作(むくさく)に厳しく止められました。「よさないか! 信乃さんは理由があると言っている。それを聞いてからでも遅くはない」

浜路はキョトンとしています。どうやら浜路の霊が抜けたようです。

木工作(むくさく)「浜路や、これはどういうことだい」
浜路「さっき、寝ているときに、きれいな女の子が枕元に立って、『少しあなたの体を貸してちょうだい』と私に言ったんです。その後のことは覚えていません」

信乃はこの証言を聞いて、さっきの話が本当であることを確信しました。

信乃「浜路さんの言うことはたぶん本当です。私には死んだ許嫁がいて、彼女の名前も浜路(はまじ)なのです。彼女の亡霊が、この浜路さんの体を借りて、私に言葉を伝えに来たんです。浜路さんに罪はありません。許してあげてください」

夏引と出来介は、腹をかかえて笑いました。「なんだそのフザけた作り話! 小説サイトにでも投稿してろよ」

木工作(むくさく)「いや、私はその話を信じよう」

夏引・出来介「えっ」

木工作(むくさく)「浜路は戻って寝なさい。夏引と出来介もだ。こんなことで大騒ぎして恥ずかしいと思え」

木工作(むくさく)は人々を追い払うと、信乃に「浜路の秘密を教えよう」と切り出しました。

「私の父は、結城合戦で死んだ(いの)丹三(たんぞう)直秀(なおひで)に仕えていた。父自身は合戦に生き残ったが、信濃に帰ってやがて切腹した。母も死んだ。私はここに流れ着いて、やがて麻苗という嫁をもらった。しかし、40歳になるまで子ができなかったのだ」

「ある日、狩に出ていた時に、木のにはさまった赤ん坊が大声で泣いているのを見つけた。その前に私はワシを撃ち殺していたのだが、おそらく、そのワシがさらってきた獲物だったのだろう。その子を助けて、うちの子として育てることにしたのだ。それが浜路だ」

「その赤ん坊がつけていた衣装は、(ささ)竜胆(りんどう)の紋がついており、かなりの身分を示すものだった。この子には最初、餌漏(えもり)という名前をつけてやったのだが、まったく気に入らないらしく、名を呼んでも返事をしない。たまたま『はまじ』という言葉が聞こえたときだけ、キャッキャと喜ぶので、そのうち名前を『浜路』につけなおしたというわけだ」

「なあ信乃さん、これは何の運命だと思いませんか。あなたはうちの浜路と結婚すべきだと思うのですよ…」


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