里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

57. 犬阪毛野の復讐

前:56. 戦闘美少女、旦開野

犬阪(いぬさか)毛野(けの)の復讐

歌って踊れて手裏剣の投げられる謎のダンサー旦開野(あさけの)は、翌日の晩にまた会うことを約束すると、小文吾の部屋の前から去っていきました。小文吾は刺客の死体を隠してから布団にもぐりなおしましたが、当然眠れるはずがありません。

小文吾「城を出る手形を『命がけで』取ってくる、と言っていたな。おそらくどこかから盗もうというのだろうが、無事で済むものだろうか。オレのためにあんな少女が死ぬようなことになれば、とても耐えられん。しかし俺にできることは今はない。ただ彼女の幸運を祈るのみか…」

翌日、朝からずっと小文吾は、他の人間が自分を殺しにくるに違いないと考え、気を張り詰めさせていました。刺客を返り討ちにしたのですから、当然報復が来るはずです。しかし、いつものように朝食と夕食が出て、日も暮れてしまいました。

小文吾の予想どおり、馬加(まくわり)大記(だいき)は、刺客が死んだことを知っており、当然ながら小文吾への報復を考えたのです。しかし、刺客を放ったのは自分の側ですから、あとで千葉殿からそのことを咎められることも明らかです。こういうわけで、この日はどうすべきか悩んで動けませんでした。さらに、この日は、息子鞍弥吾(くらやご)の誕生日だったのです。この日は城中の人間を集めて誕生パーティーを開く予定になっていますから、馬加(まくわり)は、本気で小文吾の始末を考えるのはその後にしようと考えました。

予定通りパーティーは開かれ、昼ごろから深夜まで料理と酒が飽くほど出され、主従ともども、しまいにはグデングデンに酔ってそこらへんに寝転がりました。


小文吾は母屋(おもや)でこんなことが行われているのを知りませんから、ずっと自分の部屋で、警戒態勢で待ち受けていました。旦開野(あさけの)とは今晩「手形」をゲットして屋敷を逃げ出す約束をしていますから、一応荷物もまとめてあります。しかし、もうすぐ深夜になろうという時間なのに、旦開野(あさけの)は現れません。

小文吾「まさか、失敗したのだろうか…」

縁側に出てみると、母屋のあたりが騒がしく、しきりにバタバタという足音が聞こえます。それも、じっと様子をうかがっているうちに、やがて収まっていきました。

小文吾「あれはきっと、旦開野(あさけの)が追われて、捕まったということなのだ。今からオレが助けに行っても間に合わない。ああ、これも、彼女に任せっきりにした自分のせいだ!」

小文吾が悔やんで頭を抱えていると、そこに一人の人物が現れて

???「犬田どの、お待たせいたした」

小文吾「旦開野(あさけの)か?」

小文吾は顔を上げて、目の前に立っている人物の姿に驚きます。たしかにそれは旦開野(あさけの)でしたが、髪ははげしく乱れ、衣装は血にべっとり汚れ、右手には抜き身の太刀を下げています。

小文吾「その姿は?」

旦開野(あさけの)「(にっこり)約束の時間に間にあいました。ほら、これがです」

そう言って、左手に持っていたものを縁側にごろりと投げ捨てました。それは馬加(まくわり)大記(だいき)の生首でした。小文吾は驚きで言葉もありません。

旦開野(あさけの)「まあ、説明がいりますよね。まず最初に、私は女ではありません。こんな格好はしていますけどね。本当の名は、犬阪(いぬさか)毛野(けの)胤智(たねとも)というのです」

小文吾「犬阪(いぬさか)だと。どこかで聞いた気がする」

旦開野(あさけの)(以後、毛野(けの))「足柄の犬阪(いぬさか)村の出身なのです」

小文吾「わかった。品七さんの言っていた、粟飯原(あいはら)胤度(たねのり)の息子とはあなたのことか」

毛野(けの)「そこまでご存じなら話は早いです。そのとおり。馬加(まくわり)の野望のために15年前に皆殺しになった、粟飯原(あいはら)一族の生き残りが私です。この屋敷には、旦開野(あさけの)という偽名で少しの間滞在していました」

毛野(けの)は、なぜ男の自分がこのような格好で馬加(まくわり)のもとに留まっていたのかを説明しました。母であった調布(たつくり)は、粟飯原(あいはら)家が滅んだあと、もともと(つづみ)をうつのが得意だったので、田楽の一座に加わって毛野(けの)と自分の身を隠したのです。やがて毛野(けの)も田楽をマスターし、人気の芸人になっていったのでした。

毛野(けの)「母は、私が13歳のときに死にました。死ぬ直前にはじめて、父胤度(たねのり)のこと、父がどのように死んだのか、そして馬加(まくわり)の策略のために一族がどういう理由で皆殺しになったのかという秘密を知らされました。私はそのとき、父を殺した籠山(こみやま)と、一族を滅ぼした馬加(まくわり)を必ず討つという誓いを立てたのです」

毛野(けの)「そのときから、武芸を一から自習しはじめました。完全に我流なのですが、おそらく神霊の助けなのでしょう、剣、体術、手裏剣など、すべて一流の境地まで上達することができました」

毛野(けの)「たまたま馬加(まくわり)が女田楽が好きというのは、私にとってこの上ないチャンスでした。今までは仕方なく女のような話し方を覚え、化粧をして、田楽を舞って暮らしを立てていたのですが、このおかげで馬加(まくわり)に気に入られ、屋敷に滞在することができたのです。天の助けだったに違いありません」

小文吾「なるほど。しかし、オレを助けようと思ったのは、どういうワケなんだ」

毛野(けの)「ここに滞在している間に、馬加(まくわり)に捕らわれている勇士のウワサを聞きました。ウワサに聞く限りは、武勇・人柄ともに、世にも稀な勇士だと私も思いました。ここで死んではならない人だと思ったので、復讐が終わったら誘って一緒に逃げようと考えたのです」

小文吾「なるほど。しかし、…結婚が云々…などいう話までして、意地悪をしなくてもよかったではないか」

毛野(けの)「フフフ、許してください。あなたがどんな人間なのか、確かめてみたかったのです。カンザシや手紙でちょっと誘惑したくらいでは、ビクともしない人でしたね。私の思った通りの人です。結婚は、残念ながらキャンセルですけど」

小文吾「もちろんだ。まったく、結構な覚悟で言ったことだったのに… それはともかく、肝心なことを聞いていない。どうやって馬加(まくわり)を討つことができたんだ」

毛野(けの)「今日は、馬加(まくわり)の息子の誕生日パーティだったのですよ。みんな酔っぱらっていましたから、なんとか私一人での一族を全滅させられました」

小文吾「なんだって、全滅だって」

毛野(けの)「まず、対牛楼(たいぎゅうろう)で寝ていた馬加(まくわり)を起こし、自分の名乗りを聞かせた上で首を落としました。その横で寝ていた鞍弥吾(くらやご)も私に向かってきましたが、刀を叩き落すと簡単にひるんで背中を向けましたので、胴をまっぷたつにしました」
毛野(けの)「四天王のひとり、綱平は、慌てたあまりに、馬加(まくわり)の妻の戸牧(とまき)を誤って斬り殺しました。戸牧(とまき)は階段から落ち、そこにいた娘の鈴子をつぶしてしまいました。その後、向かってきた三人の四天王(ひとりは昨日死んでます)を私がすべて倒しました」

毛野(けの)「もうこうなっては残りの人たちは烏合の衆ですから、逃げていくままにしておいて、改めて対牛楼(たいぎゅうろう)に登り、馬加(まくわり)の血で壁に敵討ちの声明文を書き記してきました。これが大体さっき起こったことです」

小文吾「なんともすさまじい仇討ちだ。そしてお主の手際の見事なこと」

毛野(けの)「さあ、このままでいると、そのうち雑兵が押し寄せてくるでしょう。話はまたあとにして、まずはここから逃げましょう。ここに滞在しているうちに、逃げ道を研究してあるのです。ついてきてください」

毛野(けの)は、松の木が塀に近くなっている所に走ると、サッと登って、塀の向こうにある川岸の(やなぎ)に縄の輪を投げ、うまくひっかけるとピンと張りました。

毛野(けの)「さあ、ここから」
小文吾「げっ、今から綱渡りをしようというのか」

小文吾は一応チャレンジしてみましたが、足元がグラグラしてちょっと無理そうです。

毛野(けの)「ああもう、こうやるんですよ」

毛野(けの)は自分よりずっと重い小文吾を楽々とおんぶして、そのまま綱をヒョイヒョイと渡りました。無事に渡り終えると、綱を刀で切って後続が追ってこれないようにしました。

小文吾「すごいな。シルク・ド・ソレイユにも、こんなやつはいないぞ…」
毛野(けの)「ここまでは計画どおり。さて、あとは舟が近くにあればいいのだけど…」

これだけは毛野(けの)の計算違いで、岸の近くには使えそうな舟が一艘もありませんでした。

たまたま、一艘だけ、岸の近くを通る舟がありました。漕ぎ手がひとりだけ乗っています。毛野(けの)は、「おおい、こちらに寄せてくれ」と叫びましたが、あまり関わりあいたくないと思ったのでしょう。漕ぎ手は頭を横に振って離れていこうとしました。

毛野(けの)「おのれ、無理やりにでも借りるぞ」

毛野(けの)は助走をするとヒラリと跳び、船の中に着地しました。漕ぎ手はあわてて(かい)で毛野を叩き落そうとしましたが、逆に毛野に踏みすえられてしまいました。

毛野(けの)「さあ、犬田どのもこれに… おっ、思ったより流れが…」

川の流れが非常に早かったせいで、毛野(けの)(かい)をあやつろうにも、全く上流に向かってくれません。小文吾の目の前で、毛野(けの)の乗った船はみるみる離れて小さくなってしまいました。

小文吾「犬阪(いぬさか)どの、待て!」

小文吾は泳いでそれに追いつこうとしましたが、それでも舟が流されるスピードに追いつくことができません。やがて小文吾はすっかり疲れました。もう泳げません。

そこにさらなる偶然、荷物をたくさん積んだ船が現れました。小文吾はそれにやっとすがりつくと、なんとか甲板によじ登ることができました。

乗組員は小文吾を泥棒と思いました。「なんだこいつは、ふてえやつだ」

しかし舟長(ふなおさ)は小文吾の顔に気づきました。「なんと、あなたは小文吾さんではないか!」

この人は誰でしょう。また次回。


次:58. 長い留守
top