里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

52. 船虫登場

前:51. 荒芽山の戦い

船虫(ふなむし)登場

犬田(いぬた)小文吾(こぶんご)は、曳手(ひくて)単節(ひとよ)を乗せた馬を追って、東へ東へと走りました。しかし馬が見つかる気配はありません。荒芽(あらめ)山で大軍を相手に戦ったあとに、さらに日中ずっと全力疾走をしていますから、いいかげんヘトヘトです。

小文吾「信濃は西のほうなのに、オレばっかりが、馬を追ってこんなに東に来てしまった。このまま曳手(ひくて)さんと単節(ひとよ)さんを助けられなかったのでは、戻ったところで、とても他の奴らにあわせる顔がない」
小文吾「しかし、死んだように見えた馬が、突然生き返ったというのは不思議だ。なにか神霊の助けがあったのだろうか。もしそうなら、女性たちも、すぐに危険に陥っているということはなさそうだが… だからといって探すのを諦めるわけにはいかん」

この日は近くの宿で夜を明かし、翌日の早朝から再び捜索をはじめました。道行く人々にそれとなく馬のことを尋ねながら、東へ東へと進みます。そうしてついに、数日後、下総(しもうさ)の国にほど近いところまで来てしまいました。

小文吾「ここから行徳(ぎょうとく)は近いな。『3、4日で帰る』なんて言ったのに、大塚に旅立ってから、もうざっと二週間は過ぎてしまった。みんな、心配しているだろうな。いったん帰って事情を説明しようかな… いやだめだ。曳手(ひくて)さんたちを探すのに全力を尽くさなくては」
小文吾「ハァ、あちらの約束も、こちらの約束も守れない俺はダメな奴だなあ… 俺は、怪力だけがの役立たずだ」

そんなとき、近くの草むらから、なにかが飛び出してきました。巨大なイノシシです。手負いらしく、ひどく興奮しています。石地蔵を突き倒し、立木(たちぎ)をかみ砕き、見境(みさかい)がありません。そのイノシシは、小文吾を見つけると、全力で向かってきました。

小文吾「なんだ。怪力だけが能の俺をバカにしに来たのか。そうなのか」

小文吾は、イノシシの(きば)をよけざまに、わき腹に蹴りを入れました。これでもイノシシには効きません。次に、向かってきたイノシシの背中に飛び乗って、眉間を10発殴りました。

小文吾「俺は怪力バカだ!」

イノシシは頭蓋骨が砕けて死にました。

小文吾「俺が役に立てるのは、手負いのイノシシを殴り殺すときくらいだよ。ハァ…」

それから少し道を行くと、人がひとり死んでいました。狩用の刀と槍を持っています。

小文吾「ははあ、さっきのイノシシは、こいつの獲物だったんだな。仕留め損なって逆襲されたってところか。特に大きな傷はなさそうだし、まだ生き返るんじゃないかな」

小文吾は、常備の丸薬を探して荷物をバラバラと広げ、やがて薬を見つけると、それを口にねじ込んで、水で流し込んでやりました。ちょっと待つと、男は苦しそうにうめいて、やがて目を開きました。

男「…わあっ、イノシシ!」
小文吾「俺はイノシシじゃないよ。大丈夫?」
男「ああスマン… イノシシに跳ね飛ばされたところまで覚えているんだが」
小文吾「そいつなら、さっき倒したよ」
男「本当か!?」

小文吾は男の目の前で荷物をまとめなおすと、さっきのイノシシの死体のところまで案内しました。

男「…本当だ。しかし、俺がつけた以外の傷がない。あいつは毛皮がベトベトで、矢も鉄砲も効かないんだ。どうやって倒したんだ」
小文吾「殴って殺した」
男「まさか!」
小文吾「(力自慢したって仕方ないか)まあ、もう死にそうに弱ってたからな…」
男「そうだよな、うん。実質、俺が倒したようなもんだ」

男はイノシシと戦った理由を説明しました。これは村の畑を荒らすので悪評高い巨大イノシシで、最近、三貫文(かんもん)の賞金がかけられたのだといいます。それにチャレンジして、死にそうになったというわけでした。

男「紹介が遅れた。俺は、鷗尻(かもめしり)並四郎(なみしろう)というモンだ。お前、今晩はウチに泊まっていけよ。恩返ししてえんだ」
小文吾「はあ」
並四郎(なみしろう)「ここは千葉殿の領地なんだが、最近、スパイ対策だとかで、旅人を泊めるための手続きがずいぶん面倒なんだよ。今回は俺が特別に村長に言って、はからってやるからさ」
小文吾「そうか、それは運がいいな。ありがとう」
並四郎(なみしろう)「俺は今から、このイノシシを村長のところに運んで賞金をもらってくる。お前のことを話すのも、そのついでだ。お前は先に俺の家に行ってろ。東の村はずれにある小さな家だ」
小文吾「その家にはほかに誰かいるのかい。俺一人で訪ねて、怪しまれないかな」
並四郎(なみしろう)「女房の船虫(ふなむし)がいる。俺の客だという目印に、この火打ち石を持っていって見せろ」
小文吾「なるほど、わかった」

小文吾は、言われたとおりの小さな家を見つけ、中に呼びかけました。出てきたのは、40に満たないくらいの、けっこうキレイな女です。この人が船虫(ふなむし)でした。小文吾が事情を説明して、並四郎から預かった火打ち石を見せると、

船虫(ふなむし)「まあまあ、それではアナタは、家人の命を救ってくれた恩人というわけですね。ワタシはイノシシ狩りなんて危ないからやめろっていったのに、あの人ったら無茶して。どうぞ上がって下さい、お食事を準備しましょう。蚊もいぶしましょう。どうぞ、この湯で足も洗って」

小文吾は、やたらともてなされるのに恐縮しました。妙に高級そうな食器があるのが不思議ですが、一応感謝して、ひととおりの食事を終えました。家の中をあらためて見回すと、貧乏そうなボロ家に、ときどき高級な家具があるのがひどく不自然です。ここの人、何の仕事してるんだ?

船虫(ふなむし)「お酒もございますのよ、ぜひ召し上がって」
小文吾「酒はいいです」
船虫(ふなむし)「遠慮しないで! あなたは恩人!」
小文吾「ほんといいですって…(なんか、変なところに泊まっちゃったな)」

夜も更けてきました。小文吾は、人妻と一緒の家にいるというのが居心地悪くて仕方がありません。

船虫(ふなむし)「寝床を準備いたします、どうぞごゆっくりお休みになって」
小文吾「まだご主人が帰らないのに、悪いですよ」
船虫(ふなむし)「あの人は、たぶん賞金をもらって、酒盛りでもしているんです。待ってたって仕方がありませんよ」

こんなわけで、布団をあてがわれ、蚊帳(かや)をかけられて、あまり眠くもないうちに一人きりにされました。昼からの心配事がいちいち思い出され、そうそう眠れるものでもありません。やがて行燈(あんどん)も消え、真っ暗闇になりました。

小文吾は、だれかが秘かに近づいてくる気配を感じました。「…盗賊か?」

小文吾は、物音がしないように注意しながら布団を抜け出し、かわりに手荷物を丸めて突っ込み、人が寝ているように見せかけました。そして刀を手に、こっそり蚊帳の外に抜け出して、様子をうかがいました。

その「だれか」は、やがて、狙いすますと、布団の中の手荷物をめがけて刀を突きさしました。

小文吾「かかったな」

小文吾は、この現行犯を確認した上で、その人の首を刀で斬りおとしました。

小文吾「奥さん、起きてください、盗賊を退治しましたぞ! 明かりをつけてください」

やがて船虫(ふなむし)が明かりを持って到着しました。そこで確認すると、死んでいるのは、他ならぬ、船虫(ふなむし)の夫の並四郎(なみしろう)です。

小文吾「…(口あんぐり)」
船虫(ふなむし)「(泣きながら)ああ夫よ、こんな悪いことをしようとするなんて。天罰があたったんだわ! いいのですお客人、この人の自業自得なのですから」
小文吾「…」

船虫(ふなむし)「聞いてください。私の家は代々村長だったのですが、次第に没落しました。私の親には男子がなく、この並四郎を婿にとりました。ですがこの人がとんでもない浪費家で、私が何をいっても改めてくれないのです」
船虫(ふなむし)「さっき、この人が帰ってきて、客人が金をしこたま持っている、と私にささやきました。その時には何のことかわからなかったのですが、ああ、あなたを殺して金を奪おうとしたなんて、そんな大それたことを考えていたなんて。ごめんなさいお客人、ごめんなさあーいー(シクシク)」

小文吾「そうですか、そんなご主人だったんですか。起こったことは仕方がありませんから、すぐに役人を呼んでください。あとは法律の裁きに任せましょう」

船虫(ふなむし)「それは困るのです。仮にも私の家は古い村長の筋。先祖の名を汚すわけにはいきません。あなたさえ黙っていてくれるなら、うちの人は急病で死んでしまったことにしてしまおうと思うのです」
小文吾「はあ… それでよいのでしたら、そうしましょう。私は旅の身ですから、簡単に済むに越したことはありません」

船虫(ふなむし)「朝になったら、お寺に手続きをして、(ひつぎ)を買ってきます。そのとき留守番をしていてくれますか」
小文吾「いいですよ」
船虫(ふなむし)「あと、お詫びの印といっては何ですが、この、先祖伝来の尺八を差し上げたいと思います」

非常に高価そうな袋に入った、黒塗りに蒔絵(まきえ)の立派な尺八です。

小文吾「ははあ、私も昔は尺八に凝りましたが、これは大変なお宝です。500年物ってところでしょうか。 …しかし、こんなものいりませんよ。第一、荷物になります」
船虫(ふなむし)「あなたが何か密告したりするとは思っていませんが、これを持っていてくれれば、仮にも私のほうは安心できるのです。私のためだと思って、持っていてください」
小文吾「じゃあ、預かるだけ預かっておきますが…」

翌朝、船虫(ふなむし)は、小文吾を家に残して、寺に出かけてゆきました。


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