里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

49. どっちが幽霊だったのか

前:48. 力二郎と尺八、帰る

■どっちが幽霊だったのか

力二郎(りきじろう)尺八(しゃくはち)「父上を、追い返してしまったのですか…」

音音(おとね)「ああ、世四郎さま、許してちょうだい。このままでは安心して黄泉(よみ)にも旅立てますまいに…」

音音(おとね)はひたすら涙にかきくれます。しかし、単節(ひとよ)はちょっと首をかしげています。

単節(ひとよ)「さっき会ったお父様が、幽霊? そうかしら、そうは見えなかったのだけど。実は、私はさっき、こっそり(しば)小屋にお父様を案内しました。荷物まで預かったのよ。今でもいるはずだから、確認してみようかしら」

心なしか、尺八がギョッとした顔をしました。

単節(ひとよ)「みんなで確認しにいきましょうよ」
尺八「だめだ。行くな。そんなところに父上がいるものか」
単節(ひとよ)「きっといるわよ。急にどうしたの」

曳手(ひくて)単節(ひとよ)はさっき、お父様から荷物を預かったって言ってたわよね。それも確認してみましょうよ。どこに置いてあるの」
力二郎「やめろ。今確認するようなことじゃない」
曳手(ひくて)「え、確認したってよくない?」

音音(おとね)「力二郎、尺八、なにをあわてているの。私もぜひ確認しておくべきと思うわよ。曳手(ひくて)、荷物を探して、中を見てみなさい」

明け方を知らせる鐘の音が遠くに鳴り響きました。

力二郎と尺八はこの音を聞くと、互いに顔を見合わせました。「ここまでだな」「ああ」

音音(おとね)たちは、戸棚を探って荷物を探し当てました。とても固く縛ってあるフロシキを二包みともなんとかほどくと、それらを恐る恐る、同時に開きました。

中から二体の生首が出てきました。

音音(おとね)曳手(ひくて)単節(ひとよ)「キャアアッ」

同時に、力二郎と尺八は苦悶の声をあげ、鬼火のような光を残して消えてしまいました。音音(おとね)たちがあわてて子と夫の名前を呼んでも、もう誰も返事をしません。

それにしても、この首は? 音音(おとね)たちは、勇気をふるって行灯を近づけてみました。

曳手(ひくて)「ぜんぜん知らない人の首だわ」
単節(ひとよ)「お父様が、こんな人たちの首を大事に持ってくるのはおかしいわ」
音音(おとね)「わたしたちはきっとキツネに化かされたのね。私たちの心の迷いにつけこんで、なんて憎らしいんでしょう」

家の外から、声がしました。「それはキツネの仕業ではないよ」

声の主は矠平(やすへい)です。障子をひらいてみると、矠平(やすへい)が、さっき訪ねてきたときと同じ姿で立っています。

音音(おとね)「まだ私たちをバカにするのね。キツネめ、殺して皮をはいでやる!」

矠平(やすへい)「まって、やめて。包丁を向けるなコラ」

矠平(やすへい)は自分も仕込み杖を抜いて、手近な柱にコツンと刺してみせました。「ほら、キツネなら、刀を見れば正体を見せるはずだろう。私は人間だってば」

音音(おとね)はまだ半信半疑です。

音音(おとね)「じゃあ… あなたが持ってきたという、あの首は何なんです。また、あなたは戸田川に沈んだと聞きましたが、無事なのはどうしてなんです。あの子たちが突然消えたのはなぜなんです。キツネじゃないなら、答えてみなさいよ」

矠平(やすへい)「急に聞かれても、一度には答えられない。まず、私が持ってきた荷物はそれじゃないよ。似たようなものが、戸棚にまだあるんじゃないか」

曳手(ひくて)単節(ひとよ)があわてて家の中を探してみると、少し違う場所に、同じようにふた包みのフロシキを結びつけたものが見つかりました。

矠平(やすへい)「うん、こっちが私が運んできた荷物だ」
単節(ひとよ)「お父様から預かった荷物は、確かにさっきの戸棚に置いたはずだったけど…」
矠平(やすへい)「ふーん、変だな」

矠平(やすへい)はちょっと考え込みます。

矠平(やすへい)「ああ、やっと分かった。私と道節さまの荷物が入れ替わってしまったのだ。さっき、塚の近くを通ったときに、ある人が何かを捧げて祈っている姿を見たんだ。あれは今考えれば道節さまで、お前たちがさっき見たものは、道節さまが討った敵の首級だ。あのあと、謎の男とケンカしていたので私はそれを止めに入ったのだが、そのときのゴタゴタで、持っていた荷物を取り違えたんだろう」

矠平(やすへい)「道節さまがここに帰ってきて、荷物を置いていったことは知っている。また、犬川荘助どのと(よしみ)を結んだことも知っている。みんなこっそり聞いていたよ。(音音(おとね)が怖くて、堂々とは出て行けなかったけど)」

矠平(やすへい)「まあそれはともかく、その荷物を開いて見てくれ。そうすれば、力二郎たちのことも説明がつけられる…」

三人の女は、いやな予感を感じつつ、フロシキを開きました。

中から、力二郎(りきじろう)尺八(しゃくはち)の生首があらわれました。

このときの三人の悲しみようは、とても書き表せるものではありません。(馬琴センセイは書いているので、原文を探して読んでみるのもいいですね)

矠平(やすへい)「力二郎も尺八も、戸田川での戦いで死んだのだ。陣代の軍を足止めするために勇敢に戦って、陣代を討ち、そのあと鉄砲隊に撃たれて死んだ。私も舟を壊したときにおぼれて死んだ…と思ったのだが、さんざん鍛えたこの泳ぎの技術が無意識に発動してしまうらしく、私は気がつくと下流の岸に流れ着いていた」

矠平(やすへい)「あのあと、私は二人を探した。力二郎と尺八の死体はなかなか見つけられなかったのだが、後日、あいつらは、『こいつらは犬塚信乃と犬川荘助です』っていうカンバンをかけられて、刑のあった庚申塚(こうしんづか)に首を(さら)されていた。私は夜中にそれを盗んで、追ってきた見張りを数人殺し、そしてやっとここまで逃げてきたのだ」

矠平(やすへい)「ふたりの忠義を道節さまに知らせたかったのだ。いや、なにより音音(おとね)にだけは、あいつら二人の最後を聞かせてやらなければと思ったんだ」

矠平(やすへい)「つまり、さっきお前たちが会った力二郎(りきじろう)尺八(しゃくはち)は、あいつらの幽霊だ。母と嫁を一言なぐさめてからこの世を去ろうとしたのだな… 私もその場に加わりたかったが、あいつらの首を持って入っていったら幽霊なことがバレてしまうじゃないか。障子の向こうで聞いているしかなかった」

矠平(やすへい)「さっき明け方の鐘がなったとき、ここから、ふたつの鬼火が出て行くのが見えたよ。私ひとりだけ平気な顔をしていると思うなよ。お前たちの何倍もつらいのだ…」

曳手(ひくて)単節(ひとよ)は、思いつめた顔をしています。

曳手(ひくて)単節(ひとよ)「私たちは今まで待ったわ。すごく待ったの。そして、夫に会えたのは、ほんの一瞬きりだなんて。もうこの世に楽しみは何も残っていません。あの世がもしもあるのなら、早くそこへ行きたいわ。きっとそこには夫もいる…」

そうして、矠平(やすへい)の仕込み杖を引ったくろうとしました。

矠平(やすへい)「こらっ、何する」
音音(おとね)「あなたたち、なんのつもり」

曳手(ひくて)単節(ひとよ)「死なせてください」

音音(おとね)「バカなことを言うんじゃありません、あの人たちがそんなことを喜ぶと思いますか」
矠平(やすへい)「お前たち、力二郎と尺八が運んできたトランクの中ををまだ見ていないだろう。あの中身を確認してみてから考えてもいいんじゃないのか」
曳手(ひくて)単節(ひとよ)「あっ、忘れていた。夫の形見!」

幽霊のくせに、彼らが持ってきた行李(トランク)は変わらず家の中に置いてありました。曳手(ひくて)たちがそれを開けると、ボロボロになった鎧が入っていました。鉄砲で撃たれたとおぼしい傷もあります。音音(おとね)たちは、これを見ると涙で胸がつかえました。

矠平(やすへい)「これは、自分たちの忠義を受けついで生きなさいという、力二郎たちからのメッセージに見えるぞ」
曳手(ひくて)単節(ひとよ)「…わかりました…」
矠平(やすへい)「わかればよい。今から死ぬのは、私のほうなのだ。みんな、さらば!」

矠平(やすへい)がやすやすと自分の腹を切ろうとするのを、今度は音音(おとね)と嫁たちが飛びついて止めました。「やめて、やめて」

矠平(やすへい)「私がやるべきことは終わった。あとは、主君を追って腹を切ることだけだ。武士なんだから当たり前だろう。手を放しなさい」
音音(おとね)「そ、そうね。でも、道節さまに何も報告しないで死ぬのはだめよね」
矠平(やすへい)「あっ、そうか。慌ててとんだ不忠をおかすところだった。サンキュー…」

こんな感じで、誰が死ぬ、誰が死なない、などとワーワーやっているところに、障子をパシンと音をたてて開いた者たちがいます。

根五平(ねごへい)「話はみんな聞いたぞ! お前ら、犬山道節をかくまった罪で、全員逮捕だ」
音音(おとね)「誰でしたっけ?」
根五平(ねごへい)「こら、さっき指名手配のお触れを伝えにきただろうが。ここの家はもともと怪しいと思っていたんだ。だからずっと、縁の下にもぐって偵察していたんだ。ビンゴだったな!」


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