里見八犬伝のあらすじをまとめてみる

19. 犬塚信乃、宝刀村雨を譲り受ける

前:18. 与四郎がネコをかみ殺す

犬塚(いぬつか)信乃(しの)、宝刀村雨(むらさめ)を譲り受ける

糠助(ぬかすけ)は、信乃(しの)と一緒に「与四郎(よしろう)をぶっ叩いて蟇六(ひきろく)に許してもらう作戦」が失敗して以来、家にとじこもって布団をかぶり、震えながら居留守を決め込んでいます。ですがそんなことが通用するはずもなく、蟇六(ひきろく)の手下に簡単に見つかって屋敷に引きずっていかれました。

糠助に会ったのは、亀篠(かめささ)ひとりです。人払いして、二人きりだけでの小声の会話です。

亀篠(かめささ)「病気だったのかい、よくはなったのかい」
糠助(ぬかすけ)「はあ、どうも、もうだいぶ良いようで…」
亀篠(かめささ)「番作の息子と一緒に、暴れ犬をウチに送り込むという悪さをしたのはどうしてだい」
糠助(ぬかすけ)「…(冷や汗ダラダラ)」
亀篠(かめささ)「これをご覧」
糠助(ぬかすけ)「は」

見ると、ビリビリに破れた、何かの書類のようなものが手元に置いてあります。

亀篠(かめささ)「これは、鎌倉の管領(かんれい)様から届いた通達文書でねえ。許我(こが)の城攻めをするので兵糧(ひょうろう)を拠出せよ、という内容のものだったのだけど」
糠助(ぬかすけ)「…」
亀篠(かめささ)「こんな風に踏み破られてしまったのよ。に」
糠助(ぬかすけ)「!」
亀篠(かめささ)「公文書の破損は、謀反(むほん)にひとしい罪なのよ」
糠助(ぬかすけ)「…どうかお許しくだされ、こんな意図はなかったのです(蚊のなくような声)」
亀篠(かめささ)「本来、お前と番作親子を縛って鎌倉に差し出すべきところなのだけど」
糠助(ぬかすけ)「…」
亀篠(かめささ)「わたしが夫を必死に説得して、そうしないですむようにしたのよ。泣いて説得したの。仮にも血をわけた弟と甥のことなのだもの」
糠助(ぬかすけ)「…」
亀篠(かめささ)「どうするかっていうとね… 番作の持っている宝刀村雨(むらさめ)。あの宝物を鎌倉の管領に捧げれば、きっと許されると思うのよ」

糠助(ぬかすけ)はおおきなため息をつきました。

糠助(ぬかすけ)「きっと番作さまを説得してきます。必ずそうします。そのときはどうかわたしをお許しください。では…」

糠助(ぬかすけ)は逃げるように屋敷を退去しました。動転していますので、ふすまを無理に反対方向に開けようとして押し外してしまい、それにも構わず出て行ってしまいました。

亀篠(かめささ)「(となりの部屋に向かって)やったわよ、あんた」
蟇六(ひきろく)「まずは上々だな」

ほくそ笑むふたりを、石臼がゴロゴロ鳴る音が驚かします。いままで居眠りしていた額蔵(がくぞう)が、茶を挽く作業を再開した音と思われます。

蟇六(ひきろく)「ふん、驚かせやがって」


さて、糠助(ぬかすけ)は番作のもとに転がるようにしてたどりつき、さきほど自分が聞いた説明を一気にまくしたてました。

糠助(ぬかすけ)「ですから、村雨(むらさめ)を庄屋にお渡しなされ。悪いことは言わん。かかる重罪を免れるには、亀篠(かめささ)さまのお慈悲にすがるしかないのですぞ」

番作「うーん、その文書、ちゃんと見た?」
糠助(ぬかすけ)「いや。そもそもわしは字が読めぬ」
番作「それは蟇六(ひきろく)たちの策略なんですよ。公文書の破損が事実だとして、村雨(むらさめ)を渡したら許される、なんて誰が決めたんです? もしこれが全部本当だとしても、それなら鎌倉に連れていかれてから村雨(むらさめ)を渡したって間に合うことなんですよ。とにかく、バレバレなんです」

糠助(ぬかすけ)「このままでは私まで巻き添えで死んでしまいます! ハイといってくれるまで帰るわけにはいかん。意地をはらんでくだされ、私を助けると思ってくだされ。お頼み申す…」

番作「(説得は無駄か…)よしわかりました糠助(ぬかすけ)さん、ちょっとよく考えますから、日暮れになったらまた来てくださいよ」

糠助(ぬかすけ)「日暮れといっても、もうすぐですな。では家で『一休さん』の再放送を観てからまた来ます。たのみましたぞ」

信乃(しの)は、瀕死の与四郎(よしろう)の世話をしながら今の話を聞いていましたが、それが済むと、番作の近くに火桶(ストーブ)を持ってきます。

信乃(しの)「雑炊、余りがありますが食べますか」
番作「いや、腹はへっておらん。おまえが食べろ」

信乃(しの)「さっきの糠助(ぬかすけ)さんの話が事実なら、これは全部自分のせいで、父上は関係ありません。自分は罪をつぐなう覚悟がありますが、そうなれば誰が父上の身の回りのお世話をするのか、それが心細いです」

番作「犬の事件は済んだことだから忘れよう。幸も不幸もそのとき次第なのだから、恨みも悲しみもするまいよ。村雨(むらさめ)の件は、だからあれは策略だってば」
番作「いままでも何度も何度も、村雨(むらさめ)を奪うためにあいつらは色々仕掛けてきてたんだよ。商人を派遣して高値で買い取ろうとしたり、もっと直接には泥棒を送り込んだり。今回みたいな事件はめったにないチャンスだと思ってるだろうな」
番作「なんであいつらが村雨(むらさめ)を欲しがってるのかは見当がつくよ。ひとつは、俺が鎌倉に『蟇六(ひきろく)匠作(しょうさく)と番作の手柄を横取りした』と訴えるのが怖いからだ。村雨(むらさめ)は証拠の品になるからな。もうひとつは、たぶん、関東管領に村雨(むらさめ)を献上して、自分の荘園を守りたいからだ」
番作「べつにオレは荘園なんかを争う気はないから、そういう意味では刀なんかくれてやってもいい。でもこれは、だからな。取られるわけにはいかん」

信乃(しの)「なんですって」

番作は、家の梁にかかっていた竹の筒を、手元の刀で斬りおとしました。筒は割れ、中から錦の袋にはいったものが現れました。番作は袋から刀を取り出して、ひとつ礼をすると、しばし念じたのち、刀身を抜き放ちました。信乃(しの)は目をはなすことができません。(つゆ)に光ったと思うと、やがて寒々と霜を宿す刃のすさまじさ。番作は刀を(さや)にふたたび納めました。

番作「これがウワサの宝刀村雨(むらさめ)だ。お前はこれを許我(こが)成氏(なりうじ)さまにお渡しせよ。そして身を立てるのだ」
番作「もう女の恰好をする必要はない。お前は今から、犬塚(いぬつか)信乃(しの)戍孝(もりたか)と名乗るがいい。それでこそ刀を譲るにふさわしい」

信乃(しの)「どうして今、自分に譲るんです?」

番作「オレは父からの遺言として、これを春王(しゅんおう)安王(やすおう)様に返せとは言われたが、永寿王(えいじゅおう)成氏(なりうじ)様に返せとは言われておらん。せいぜい、君主の形見として持っておれと言われただけだ。成氏様に刀を返すのは、お前がやるのがふさわしい。から、これで遺言も守り抜いたことになる」

信乃(しの)「意味がわかりません、父上。どうして死ぬなどと」

番作「蟇六(ひきろく)の策略に対抗するためだ。策略には、策略よ。オレは今から切腹する」

信乃(しの)「!!」

番作「するとどうなる。村人たちは、蟇六(ひきろく)夫婦を恨むだろう。お(かみ)に訴えるくらいのことをするんじゃないかな。蟇六(ひきろく)たちは身の危険を感じる。そこで、誠意を見せるために、おまえを養子に取るだろう。これがオレの読みだ」
番作「しかし、この刀を絶対に渡してはいかんぞ。お前が成人したら、これをもって成氏(なりうじ)さまのところに行き、お前自身の手で献上するのだ。それまで蟇六(ひきろく)のもとで耐え抜け。臨機応変、工夫を極めて相手の策略を防ぐのだ」

信乃(しの)「やめてください、切腹などと!」

番作「どうせこの先長くない命だ。こういうときに使ってこそ、今まで生きてきた価値がある。早くしないと糠助(ぬかすけ)が来る、急がねば。11歳のお前を残していくことだけは心残りだが… がんばれよ」

信乃(しの)「ぜったいに切腹なんかさせません!」(番作にしがみつく)

番作は、「この分からず屋が」とばかりに信乃(しの)を尻に敷き伏せ、そのまま村雨(むらさめ)を抜くと自分の腹に突き立てました。そして心しずかに引き回し、刀を抜くと、最後はみごとに喉を貫いて絶命しました。信乃(しの)(ほとばし)る鮮血に全身をぬらし、目からは血と自分の涙が混じったものを流しました。

そこにちょうど糠助がさっきの返事を聞きに現れましたが、この惨状を目にすると、ぎゃあと一声叫んで逃げ出しました。

信乃(しの)「今から蟇六(ひきろく)たちに養われろだって? 刀を守り抜けだって? 父も母ももういない。誰のために自分はそんな苦労をしなくてはいけないんだ、! イヤだ、自分もすぐに死んで父上の後を追うんだ」

信乃(しの)は番作の手から村雨(むらさめ)を取りあげました。驚くべき村雨の性能、刃は洗い流したように水にぬれ、まったく血がついていません。

信乃(しの)「本当にすごい刀だ。そして、父上が死んだのと同じ刀で死ねるのはありがたいことだ」

不意に、信乃は犬のうめき声を聞きました。今まで与四郎(よしろう)のことを忘れていました。

信乃(しの)与四郎(よしろう)がまだ死んでいない。これを残していけば苦しみを長引かせるばかりだ。先に与四郎(よしろう)を楽にしてやろう。犬に宝刀を使うのは(ばち)あたりかもしれないけど、血の付かない刀なんだし、ちょっとはいいだろう。ゆるせ与四郎(よしろう)、痛いのは一瞬だけだぞ。如是(にょぜ)畜生(ちくしょう)(はつ)菩提心(ぼだいしん)!」

与四郎(よしろう)は自分の首をのばし、まるでここを斬れといっているかのようです。信乃は持っている刀で与四郎(よしろう)の首を落としました。すると、血しぶきといっしょに飛び出したものがあります。信乃(しの)は何気なしに左手で受け止めました。

信乃(しの)「なんだろう。玉のような形だ」

刀をとりあえずおさめ、手にしたものの血糊(ちのり)をざっとぬぐってみると、大きめの数珠の玉のような、にぶく透き通った物体です。月明かりにかざしてみると、中に「孝」の文字が読めました。彫ったのでも書いたのでもない、自然に浮かび上がるとしか言いようのない、ふしぎな文字です。

信乃(しの)「わかった。これが例の『玉』だ。与四郎(よしろう)の体の中にあったなんて。道理で、歳をとっても元気だったわけだ。 …しかし、母上は死んだ。今さら見つかったって、遅いんだ! こんなもの、誰にでもくれてやる!」

信乃(しの)は玉を放り投げました。不思議なことに、投げたはずの玉が、(はず)んでふたたび信乃(しの)(ふところ)に戻ってきます。何度やってみても同じです。

信乃(しの)「好きにしろ。どうせ自分は今から死ぬのだ」

信乃(しの)は着物の袖を脱いで諸肌(もろはだ)をさらしました。今度は、自分の左腕に大きなアザができていることに気づきました。まるで牡丹(ぼたん)の花のような形のアザです。

信乃(しの)「どうも、死ぬ前っていうのはいろいろと幻を見るものかもしれないな。とにかく何でもいい、おさらばだ。早くしなくては父上に遅れる」

いよいよ信乃(しの)が自分の腹に刀をつきたてようとしたその瞬間、三人の人物が飛ぶように縁側から現れて、「まて、まて!」と叫びました。




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